政治、経済

大村知事と河村市長は仲が悪いのか?いつから対立したのかの真相を調査!

ぺんさん
ぺんさん
度々話題となる2人の知事と市長
カニ君
カニ君
本当に不仲なのか?

「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」を巡り、高須クリニック・高須克弥院長が2020年6月2日、愛知県・大村秀章知事のリコール運動の為に政治団体を設立したと発表し話題となりました。

リコールとは解職請求権と呼ばれ、今回は愛知県民の有権者が知事に対して解職を求める事となります。

この愛知県大村知事のリコール運動に名古屋市の河村市長が支持を表明しました。元々不仲と囁かれていた2人ですが、今回の件で決定的となったと思います。

なぜ大村知事と河村市長は仲が悪くなってしまい、いつから対立したのかの真相を調査!していきます。

大村知事と河村市長は仲が悪いのか?

2011年の愛知県知事選挙、名古屋市長選挙のダブル選挙では肩を組む位仲の良い2人でした。

名古屋コスプレサミットや東京でのイベントではお互いにコスプレを行い、仲良さそうに見えたりしています。

しかし実際は2011年以降、中々お互い意見が合わずに対立していきあまり仲の良い関係ではなくなっていってしまいます。

様々な物議を呼んだ「あいちトリエンナーレ2019」で大村知事が、未払いの負担金3300万円を出さないとした名古屋市を提訴し裁判する騒動となってしまいました。

これに対して今回大村知事のリコール運動に河村市長が賛同し、事実上の決定的な対立となってしまいました。

何故ここまで仲が悪くなってしまったのでしょうか?

大村知事と河村市長は仲が悪くなってしまった理由とは?

2009年河村たかし氏は「庶民革命」「ナゴヤを日本一税金の安い街にする」といったマニュフェストを掲げ、「庶民派」の選挙戦を展開し圧倒的な勝利で名古屋市長に当選します。

河村たかし氏は徹底的に庶民寄りに徹し、様々な公約を実行していこうとします。税金である議員の報酬も公約では1割削減だったのを半分削減、独自の事業仕分け等を行った結果市議会と対立していきます。

多数決により中々進まない政策に苛立ち、市長自ら「減税日本」の政党を立ち上げ、市議会議員選挙で過半数獲得に動きます。

河村市長主導で名古屋市初のリコールが行われ、住民投票の結果大多数の賛成票が集まり名古屋市議会が解散されます。

その後河村市長が名古屋市長を辞任し、2011年2月に行われる予定であった愛知県知事選と名古屋市長選のダブル選挙を行います。「減税」を前面にし、さらに“中京都構想”という地方分権を掲げて選挙戦に挑みます。

その時の河村市長の支持は絶大で、その人気にあやかり大村知事は当時所属していた自民党を半ば裏切る形の無所属で知事選に出馬し当選していきます。

勿論河村市長も圧倒的な獲得数で市長再選します。その後市議会議員選挙でも河村市長が党首を務める「減税日本」が1議席から28議席を獲得し、名古屋市の第1党となります。

その当時は”ムラムラ”コンビと呼ばれ非常に仲の良い関係でした。しかし仲が悪くなってしまったのは大村知事が当選してからすぐでした。

大村知事は河村たかし氏に愛知県も「議員の報酬削減」と「市民税減税案」を公約にするから応援して欲しいと頼み、見事当選しました。しかし当選すると

  • 議員の報酬削減は無し
  • 市民税減税しない
  • 知事の報酬削減しない
  • 市県民税削減しないかわりに自動車税削減(トヨタの為?)

公約違反を平然と行ってしまいました。河村たかし氏は公約通り議員報酬半減、退職金も無しとしたので、話しが違うと散々文句を言う様になりました。

確かに河村たかし氏の人気にあやかり知事に当選出来たのにその恩を仇で返すような事をしたら怒りますね!

それだけではなくもっと決定的な対立が始まったのはその翌年からでした。

大村知事と河村市長はいつから対立したのか?

知事に当選してから「中京都構想」の具体的な話し合いを河村市長と行う様になります。ここで、お互いの意見が合わずにどんどん対立していきます。

2012年の8月10日大村知事が河村たかし市長の相談する事なく政治団体である「中京維新の会」を設立します。しかも河村たかし氏が海外出張に出ている時を狙い行いました。

これに対して河村たかし氏は怒り心頭となり、

「もう信頼できない。会うつもりもない。なんべんも話していたのに、言わなかった。だまし討ちのようなやり方をして、向こうが『セイ・グッバイ』と言うとるのと同じでしょう」(8月13日)

引用元:週プレNEWS

これに対し大村知事も

「河村さんは政治家としての資質に欠ける。私をおとしめる発言を含め、理不尽なやり方に屈するわけにはいかない」(8月15日)

引用元:週プレNEWS

決定的な対立となっていってしまいます。

これは当時全国から絶大な支持のあった橋下徹が率いる「大阪維新の会」との連携を意識し大村知事と河村たかし氏で橋下徹氏を取り合った形となってしまいました。

2012年の12月の衆議院選挙に向けて当時河村たかし氏が党首となっていた「減税日本」は第三極結集と自身の衆議院選挙出馬に向けて、「大阪維新の会」との連携を模索していました。

それに対して大村知事は当時何度も話していた河村たかし氏に相談する事なく、勝手に大阪の橋下徹氏や東京の石原都知事と「三都連合」構想を話し始めていってしまいます。

これに対してまるで河村外しの様な構造に怒り心頭となり、2人は犬猿の仲となっていってしまいました。

当時2012年の衆議院選の為に2人の仲を取り持とうと試みた橋下徹氏も『やってられない』とさじをなげたほど筋金入りの仲の悪さとなってしまっていました。

大村知事と河村市長の支持層の違い

そもそも何でこんなに考え方に違いが出てきてしまっているのか気になる所です。それは元々の背景が大きく違う事でした。

大村知事は東大卒で元官僚のエリートコースを歩み、自民党から衆議院選挙に何度も当選し挫折の無い道を歩んできました。

対する河村市長は弁護士を目指すも9回司法試験に落ち挫折し、再起を図り政治の世界に足を踏み入れ、政策秘書からのし上がってきた人生でした。また初の国政では、自民党に入党するも初の衆議院選挙では自民党の公認を得られずに無所属出馬で落選してしまいます。

真逆の人生を歩んできた2人なので当然支持層が違います。官僚出身の大村知事はトヨタ自動車や中日新聞等の所謂愛知県を代表する大企業が支持母体となっていて、河村市長は庶民層です。

当然政策が変わってきてしまうのは仕方のない事なのかもしれません。2人が上手い事連携出来ていたら凄い愛知県が出来上がっていたのかもしれないです。

不仲のエピソードや真相について

記憶に新しい2019年の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」で大きな対立を見せる事となります。

この問題で焦点となったのが

「表現の不自由展・その後」という企画展で、芸術作品とはいえやりすぎた表現が大きな問題となり、3日で中止となり全国でも物議を醸します。

大村知事は来場者が「過去最高の67万人で大成功」と発言し、河村市長は「大失敗で国民に謝罪すべき。大村氏の独裁独断」と意見が全く違いました。

名古屋市の河村市長は公金でやるような事ではなかったとし、名古屋市としての公金負担未払いとなっていた3300万は不支出とした。

これに対して大村知事は決まった事に対して支払いをしない名古屋市を裁判で提訴した。提訴したタイミングがまた微妙な時期で、コロナ対策で協力して行かなくてはならない時期の2020年4月21日でした。

河村市長は「コロナ渦で苦しむ県民の支援を優先すべき」と訴え、この時期に提訴した大村知事を痛烈に批判しました。

またコロナ対策でも2人に大きな違いがありました。

緊急事態に慎重だった大村知事と即座に緊急事態宣言地域に愛知県も入れて欲しいと考えていた河村市長で、これもまた反対意見となっていました。

その後すぐ緊急事態宣言地域に入れて欲しいと大村知事が国に要望し緊急事態宣言地域に入りました。

その後愛知県はコロナ感染者の個人情報をHPに誤掲載してしまいました。非常に重要な情報を流してしまうという事態で話題となってしまいました。

そしてコロナの緊急事態宣言が全国的に明けた6月に今回大村知事のリコール運動が開始されました。

どんな結果になるのか分かりませんが、町長等のそんなに大きくない規模でのリコールは過去にありました。しかし県知事がリコールされた事は一度もありません。

今回リコールの要件を満たす為には86万人以上の署名と捺印が必要となります。街頭で署名を募る事は出来そうですが、印鑑まで持っている人は少ないのでそこがどうなるのか気になる所です。

大村知事リコールの世間反応は?

大村知事に対する反対意見も当然ながらあります。ただ実際に元々民主党が強い地域という事もあり、リコールに反対の意見も多くありました。

様々な意見が出て良い事ですが、相手をけなす行為ではなく本当の真実を見て判断してもらいたいと思います!

大村知事と河村市長は仲が悪いのか?いつから対立したのか?真相を調査!まとめ

大村知事と河村市長は2011年のダブル選挙が終わった後、お互いの考えに少しずつ違いが出てきて今に至ります。

支持母体が違い考えに相違が出てしまうのは仕方のない事ですが、組み始めた時の約束を守れなかった事実が大村知事にはあったのかと感じてしまいます。

今回のリコール問題がどうなるのか気になる所ではありますが、まだまだ世間を賑やかすニュースとなっていきそうです。

注目しながら追っていきます。