柔道、空手、テコンドー

永瀬貴規(柔道)のwiki風プロフィール!高校大学や戦歴も調査!

ぺんさん
ぺんさん
東京オリンピックで金メダルに再挑戦
カニ君
カニ君
個人的にロンブー敦に似ている気がする

リオオリンピック銅メダルの永瀬貴規選手。リオでは金メダルを期待されていただけに、銅でも喜べない悔しさを持って東京オリンピックに挑みます。

2017年の世界選手権で右膝を負傷し、手術を受け長いリハビリを行い2018年夏に復活します。その後国際大会で4連勝し、2020年2月強化委員会の満場一致で東京オリンピック代表に内定となりました。

リオオリンピック終了後に怪我で大きな挫折を味わった永瀬貴規選手は、リオの時には備わってなかった雑草魂が大きく育ったのだと思います。

その永瀬貴規選手のプロフィールや怪我からの復活や家族をまとめていきます。

永瀬貴規選手(柔道)のwiki風プロフィール紹介!

 

プロフィール

名前:永瀬 貴規(ながせ たかのり)

生年月日:1993年10月14日

出身地:長崎県長崎市

血液型:A型

身長:181㎝

階級:81kg級

段位:4段

組手:右組み

得意技:内股、足技

中学:長崎大学教育学部付属中学校

高校:長崎日大高校

大学:筑波大学

所属:旭化成

柔道は6歳の時に大叔父にあたる平尾勝司が師範を務める養心会で兄と共に始めます。小学校5年生の時に全国小学生学年別柔道大会40kg級に出場しますが、栃木県代表の高藤直寿選手に敗れ5位となります。

その後6年生でも45kg級に出場するも再び高藤直寿選手に敗れベスト16となります。

小学校時代から研究熱心で、兄の試合やテレビ放送された柔道大会の録画し技を覚える等を行っていました。

特に小学生と幼い頃から高藤直寿選手とのライバル関係が後の開花に繋がります。リオ、東京オリンピックとお互い2大会連続出場に繋がるとは当時は全く見当が立っていなかったのではないでしょうか?

長崎大学教育学部付属中学校

小学校が長崎大学教育学部附属小学校でそのまま中学校に上がります。中学校では柔道部が無かった事から母のつてがある女子高校での出稽古の日々となります。

中学校の乱取りでは女子との組手となっていたので、気持ち良く技が決まっていました。イメージ通りに進む感覚は自信に繋がり、後に貴規選手は中学校の練習があったから今があると言っています。

またこの女子高まで車の往復で80分かけて送ってくれていたのは母の小由利さんでした。柔道に興味を持った貴規選手を尊重しバックアップします。また代表的にエピソードとして毎日母が手作りカスピ海ヨーグルトを食べさせていました

飽きたといっても成長の為毎日食べさせた母の気持ちが、貴規選手の筋肉を作り上げたのは間違いないですね!

しかし中学時代全国中学校柔道大会66kg級に出場するも5位に終わり、中々結果が出ていない状況でした。

その後長崎日大高校の柔道部監督松本太一監督に熱心に誘われ、進学し開花します。

長崎日大高校

早くも高校1年時に高校選手権81kg級で優勝します。その後2年時にはインターハイ個人、団体5位にとどまりますが、3年時には夏のインターハイで優勝し、秋の講道館杯では高校生ながら3位となり、年末のエクサンプロヴァンスジュニア国際では優勝します。

高校から頭角を現しその後筑波大学へ入学し、大学でも国際大会でもしっかりと実績を上げていきます。

筑波大学

1年時:全日本ジュニア、アジアジュニア 優勝

2年時:ユニバーシアード、学生体重別団体、講道館杯、グランドスラム東京 優勝

3年時:選抜体重別決勝で優勝、全日本選手権3位、世界選手権5位、世界団体優勝、グランドスラム東京優勝(2連覇9

4年時:ワールドマスターズ、世界選手権優勝、グランドスラム東京3位

4年時のグランドスラム東京の準決勝では誤審があり、後日誤審を認め謝罪となったが判定が覆る事がなく残念ながら3位のままとなってしまった。これがなければ4連覇の可能性もあったので悔しい限りではあります。

旭化成(社会人)

2016年から旭化成の所属となります。それ以降の代表戦績となります。

2016年:グランドスラムバクー 優勝

2016年:リオデジャネイロオリンピック 3位

2016年:グランドスラム東京 優勝

2017年:全日本体重別選手権大会 優勝

2018年:グランドスラム大阪 3位

2019年:全日本体重別選手権大会 優勝

2019年:グランドスラムブラジリア 優勝

2019年:グランドスラム大阪 優勝

2020年3月現在のIJF世界ランキングで永瀬貴規選手は6位となっています。怪我から復帰後の国際大会でもしっかり結果を残した事で日本のライバル藤原選手とのオリンピック争いに勝利する事が出来、見事代表内定となりました。

東京での金メダルに期待してしまいますね!

永瀬貴規選手(柔道)の怪我から回復し筋力アップ!

2017年に右膝を怪我してしまい手術し1年後復帰しますが、中々結果の出ない日々を過ごしてきました。しかし腐らずに一から体を鍛えなおす為にウェイトトレーニングを今まで以上に行います

実践で負ければそれをしっかり反省し、小学校からの研究熱心な姿勢からの分析を行い、技術面や食事面や試合に臨む準備面や考え方が変わっていきます。

どん底を味わったからこその成長が自身にあったと理解出来ています。もう一度日本代表としてオリンピックに立つ思いは、前回の何倍にもプレッシャーに感じてしまうかもしれませんが、日本武道館のてっぺんに立つことしか考えていない永瀬選手に注目しかないです!

永瀬貴規選手(柔道)の家族構成は?

 

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父政司さんは長崎税関に勤める国家公務員のエリートとなります。転勤族で単身赴任も多かった模様です。

母の小由利さんは地元長崎県長崎市出身の元テニス選手で全国大会にも出場経験のあるスポーツ選手でした。貴規選手は母親の運動神経を受け継いでいたのかもしれないですね。

兄妹は一番上に姉がいて、2歳上に兄の涼さんがいる三兄弟です。

お姉さんの情報はありませんが、お兄さんは6歳で養心会で柔道を始め、長崎南山高校、日本体育大学と進学します。現在は県立波佐見高校で教師をしているそうです。

子どもの頃の住まいは官舎で子供部屋もなく広くもなかったですが、3人兄妹で喧嘩もせずに仲の良い家族だったようです。常に目が届く距離感が家族の絆を深めていき、貴規選手は両親への感謝を時計やバックやマッサージ機等で恩返ししているみたいです!

一番年下の弟がオリンピック選手で活躍する事で家族の仲をより強くしているのだと思います。

永瀬貴規(柔道)のwiki風プロフィール!怪我回復し筋力アップ!まとめ

永瀬貴規選手まとめ
  • 6歳から兄と柔道を始め高校から実力が開花する
  • リオで金メダルを期待されるも銅メダルで悔しい思いを抱く
  • 右膝の怪我からの挫折を味わうも、それをバネに復活し見事五輪代表内定
  • 5人家族皆仲良し

東京オリンピックで最も輝くメダルの獲得を期待しています。延期等のニュースも飛び交い雰囲気が良いとは言えない状況ですが、永瀬貴規選手にはしっかりコンディションを仕上げてもらいたいと願います!