日本ラグビー協会が2020年6月13日東京オリンピック7人制ラグビー日本代表候補であった福岡堅樹選手の代表入りを断念しました。
かねてから公言していた医者への道へ進む為の決断になるとの事で6月14日にオンライン記者会見を行います。
福岡選手は2020年夏に東京オリンピック7人制ラグビー日本代表として活躍し、引退といった道を描いていたはずでした。
しかし東京オリンピックが2021年まで延期が決定した事により、福岡選手がついに決断しました。
医学部へ進学し医者としての夢を選択した福岡堅樹選手の医学部の受験はいつなのか?進学先はどこで、国立か私立か?気になる大学についてリサーチしていきます。
目次
福岡堅樹選手が東京オリンピックを断念と発表
【東京五輪ニュース】ラグビー福岡堅樹、東京五輪断念 延期で医師の道優先 – 日本経済新聞 / https://t.co/t7YQipoJrm pic.twitter.com/snOcdaJFrJ
— 東京オリンピック2020ニュース速報 (@tyo_olympic2020) June 13, 2020
報道によると以前から公言していた通り医師への道を目指す事となります。
世間の声は応援と悲しみに包まれていました。
ラグビー福岡堅樹選手のプレーが東京五輪で見れないのは非常に寂しいですが、
夢を追う福岡堅樹さんを応援しています。頑張って医者になってください。— /on@まころろろん (@macolon1120) June 13, 2020
福岡堅樹引退しちゃうのかーほんま残念だな。
東京五輪での活躍見ていたかったのにな(◞‸◟)— ガルシア (@g_arcia_robles) June 13, 2020
福岡くんの最後のプレーが見られなかった事はとても残念。。
昨年のラグビーワールドカップの興奮が今年も続いてトップリーグが盛り上がって、オリンピックのセブンスも大興奮したかったなあ。。。
残念すぎるけど、医師への道頑張ってください。。いつか診察してもらおう。。https://t.co/V0NpAipLNb— 武井壮 (@sosotakei) June 13, 2020
この情勢で2021年に開催出来るかどうかもままならない状況で、福岡選手も決断せざるを得なかったのかと思います。
沢山の悲しみの声が世間から出ていました。それ程福岡選手には全国からの期待があったからです。
また福岡選手がこの発表となり話題となるのは、東京オリンピックが延期と決まった時にラグビー協会会長から引き留められていたからでした。
福岡堅樹選手は引退を引き留められていた
現在の日本ラグビー協会の会長は森重隆氏が務められています。
【今日のBirthday Player No.190】
🇯🇵森 重隆
誕生日:1951年11月6日
福岡県福岡市出身の元ラグビー選手。
福岡高校で全国大会に出場し、明治大学ラグビー部でも1年から活躍した。新日鉄釜石では、主将・選手兼任監督として日本選手権4連覇に貢献。2019年、日本ラグビーフットボール協会会長に就任。 pic.twitter.com/6vG4ya1s7Q— Sports Freak Japan (@freak_japan) November 5, 2019
ちょっと混同してしまいそうなので、一応森喜朗氏についても説明しておきます。
【コラム】ラグビーW杯の日本招致活動がスタートしたのは03年7月。森喜朗氏らとともにラグビーW杯の日本招致に尽力された組織委員会の徳増浩司氏に、招致活動の舞台裏をうかがいました。(写真提供:徳増浩司)#RWC2019 #ラグビーhttps://t.co/c3icrefdLR
— スポーツナビ (@sportsnavi) September 17, 2019
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長の森喜朗氏は元日本ラグビー協会名誉会長で2019年に退任していて、現在はラグビー協会と表向きの関係はありません。
同じ苗字の森氏が2人いて、ラグビー協会の会長や名誉会長なので私は混同してしまいましたが別人です。
現在の会長森重隆氏の出身校が福岡高校のラグビー部でした。こちらの高校は福岡堅樹選手の母校でもあります。出身も同郷である2人なので、その繋がりもあり森会長が福岡選手の引退の引き留めを行っていました。
2020/3/26
日本ラグビー協会の森重隆会長(68)が26日に都内で取材に応じ、7人制で東京五輪出場を目指し、その後は医師になるため2020年限りで現役引退を発表しているWTB福岡堅樹(27)=パナソニック=へ「電話して聞いてみないと」と引き留めを試みることを明かした。
東京五輪延期で7人制強化方針は白紙となった。福岡は25日まで7人制代表候補の熊谷合宿に参加していた。森会長は「長い人生だから1年くらい、いいじゃない」。本来なら今季限りで引退とするはずだが「お前はどうするんだ」と福岡高時代のまな弟子の参戦を迫るとした。
引用元:デイリースポーツ
勿論東京オリンピック7人制でメダルを獲得する為に、タックルも寄せ付けないステップで走る俊足な福岡選手が必要なので会長が引き留めていた事には納得です。
苦渋の決断ではあったのでしょうが、福岡選手はオリンピック出場を断念し医者への道を選択します。
開業医を行っている母方の祖父崎村正弘氏は今年2020年で83歳となります。医者になりたい夢を目指したきっかけの人物が祖父の存在でした。
2016年3月号
福岡が医師に執着する理由はなんだろう。ひとつは、彼の祖父が開業医をしており、その姿を幼少時から見続けていたことがある。もうひとつは、福岡自身がラグビーのプレーで何度もけがを経験し、治療してきたことにある。
引用元:事業構想オンライン
高齢となった祖父になるべく早く医者になった姿を見せたいという気持ちが強くあったのではないでしょうか?
ラグビー日本代表で活躍し、自分と同じの医者としての道を歩む孫の姿を見れたら何も思い残す事は無いのではないでしょう!
親孝行、おじいちゃん孝行する福岡選手は立派ですね!
福岡堅樹選手の医学部受験は2021年で日程は?
2020年の試験日程は1月18日からセンター試験が始まり、最終3月18日まで各大学の入試試験が行われていました。
国立大学は2月25日に開催されていましたので、2021年も同様な日程となるかと思われます。
現在福岡選手は医学部進学を見据えて学習塾「英進館」(福岡市)のインターネット授業を受けています。こちらの塾には小中で4年間通っていて、2016年4月から再び在籍しています。
皆さん!今日はなんと!!
ラグビー日本代表 福岡堅樹選手が
英進館に来てくれましたー! (≧▽≦)実は福岡選手、英進館の卒館生!
サイン下さい!にも優しく対応…
ステキすぎます!(≧ω≦)みんな一緒に日本代表を、福岡選手を応援しましょう!#英進館 #ラグビーワールドカップ #福岡堅樹 pic.twitter.com/xO87bzrmiE
— 【公式】学習塾の英進館(中学部・高等部) (@eishinkan_jp) May 30, 2019
インターネット授業では90分×20回の1講義を14回分受けていて、かつての担任であった神田先生とラインやメールで連絡を取っていて、2019年5月には東京オリンピック後の指導計画を打ち合わせていました。
2021年4月に合格する為のスケジュールを2019年5月の段階に決めていた事もあり、今回オリンピック延期でラグビー練習と学習の両立が厳しい為、苦渋の決断に至ったのだと考えられます。
実際にラグビー五輪代表出場した年に医学部に受験しようと思っていた事自体が凄い事です。福岡選手は決めた事に対してまっすぐに進む人なので、延期からまたスケジュールを再考するのは性に合わなかったのでしょう。
福岡堅樹選手の進学先はどこで国立か私立か?
福岡堅樹(ふくおかけんき)
1992年9月7日生まれ
176cm85kg
筑波大学所属
WTB pic.twitter.com/Czijr01EKC— ラグビー図鑑 (@rugbyzukan) September 22, 2014
福岡選手の経歴ですが、福岡高校卒業し、その後筑波大学情報学部(理系)に入学しラグビー部に所属していました。
福岡高校では秋のラグビー全国大会の花園に出場し、その後医学部を受験するも不合格となってしまいます。一浪し、再度筑波大医学部に挑戦するも失敗となってしまいます。
その時の福岡選手の選択肢として、もう一度浪人し、ラグビーから離れ筑波大の医学部を目指すか?ランクを下げた国立大学医学部に挑戦するか?筑波大の別の学部に通いながらラグビーをするか?の選択でした。
ラグビーの夢を諦めきれずに当時は筑波大学の別の学部に行きながらラグビーを続ける選択を行いました。
結果的に大学在学中に2015年南アフリカの日本代表に呼ばれ、その後も2019年の日本ワールドカップラグビー人気の立役者となる事が出来て大成功でした。そのまま2020年東京オリンピック7人制代表で引退がベストだったと思います。
しかし今回延期となった東京オリンピックは断念となってしまいました。
そうなると長年の夢である筑波大学の医学部の入学を目指し、夢である医者への一歩となります。
福岡堅樹選手の将来の夢はスポーツ整形外科?
福岡選手が将来医者となりたかったのは祖父が開業医だったからであるのが一つで、もう一つが高校時代のラグビーでの大怪我でした。
高校2年生の時に左足の前十字靭帯を切断し、高校3年生の時に右足の靭帯を損傷してしまい、計2年程治療を受けていた整形外科の先生の影響でした。
当時からスピードが早く俊足で相手を抜き去るのを武器にしていた福岡選手にとって、靭帯の切断や損傷は肉体的、精神的にもダメージを感じていました。
その時の担当してくれた整形外科医の先生との会話で福岡選手は感銘を大きく受けました。
「前十字靭帯は一度切ってしまうとスピードが落ちたり感覚が戻ってこないと聞いていたのですが、『リハビリをすれば、前と同じようにスピードが戻るから』と心から安心できる説明と治療をしてくれました。きちんとリハビリを受ければ、必ず元の舞台に立てるのだと信じさせてくれる言葉と治療をいただきました。
引用元:事業構想オンライン
肉体的なものだけでなく、精神的に安定を得られた福岡選手はその後大学、社会人で大活躍していきます。
この時の自分が受けた事を他の人にも分け与えていきたいと思っています。
福岡選手クラスの世界大会に出場した後に医者として活動している人はあまりいないので、その世界のパイオニアになるのが夢となっています。
大きな怪我からの復活、その後日本代表から医者へと進む強い心を持てるのは自分が受けた恩があるからなのですね!
カッコよすぎますね!
福岡堅樹選手の医学部受験は2021年?進学先はどこで国立か私立か?まとめ
- 福岡選手は残念ながら東京オリンピックは断念
- 医者への道に進むべく、勉強の日々を過ごす
- 目指す進学先は国立筑波大学医学部か?
- 医者への強い意志は自分が受けた恩からだった
ラグビー日本代表として大活躍し、2020年東京オリンピックを目指しながら医者への夢を追いかけてきていた福岡堅樹選手です。
東京オリンピックの出場は断念せざるを得なくなってしまいましたが、将来は医者としてラグビー日本代表のメインドクターとして活躍してもらえる事を期待し応援していきます!